2017-06

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「たこ焼きキャンプ」を終えて

 7月下旬から8月中旬まで、福島の子どもたち・親御さんたちと一緒にやった「たこ焼きキャンプ」にほとんど全力投球だったため、このブログが事実上お休みになってしまいました。

 また今日から2~3日おき更新を目指して復活させます!

 明日以降は、次のような情報についても掲載する予定です。

○8月30日、フリースクールふぉーらいふで、小野が原発震災や福島の子どもたちのキャンプで感じ考えたことをお話することになりました。「原発入門」みたいな話もできれば、と思っています。

○9月11日に、神戸元町のメリケンパークで「さよなら原発9・11神戸アクション」の集会・パレード・ライブ等があります。小野も「たこ焼きキャンプ」のことで発言させてもらうことになりました。

○9月25日 姜尚中講演会とパネルディスカッション
 「今、市民がデモクラシーをどう深め、子どもたちの人権をどうサポートしていくのか」
 姫路市文化センターにて  午後1時から
 主催・デモクラティックスクールまっくろくろすけ http://www.geocities.jp/makkurohp/

 なんと、小野もパネルディスカッションの進行役として出演します!姜さん、私にとってはテレビの中の人です。


 たこ焼きキャンプのブログは、今も更新されていて面白いです。

 以下の文章は、健康道場サラ・シャンティの通信に寄稿したものです。
 この文章の下に、参加した子どもの親御さんからのメールや手紙を一部抜粋したものを、了解がとれたら追加で載せる予定です。


福島の子どもたちとのキャンプを終えて
                                       小野 洋

 7月30日から8月11日の間、福島県の子どもたちを招いて、主に明石公園の近くの施設をお借りしてキャンプをしました。題して「明石であそぼう!たこ焼きキャンプ」。
 来てくれたのは、1歳から中学1年までの子ども28名とお母さんなど保護者6名の計34名。中には小学校1年生で子どもだけの参加が2名、小学校低学年の子どもが思いのほか多く、親元を離れての二週間弱という長期のキャンプ、どうなるかと思いましたが、参加した子どもも親御さんも、とても喜んで帰られ、無事にキャンプを終えることができました。

 広い明石公園を使っての外遊びのほか、明石市市内の小学校のプールをまるごとお借りすることができ、地元で入れなかった外のプールを満喫したほか、海でのカヌーの体験、天文科学館見学、明石の市場「魚の棚」見学、淡路島への遠足、須磨水族園見学、さらに明石公園の一角をお借りして小さな夏祭りをするなど、盛りだくさんの内容で、子どもたちも疲れ気味ながら、最後までキャンプを楽しみ尽くしたいという意欲がまんまんで、ほぼすべてのプログラムを実施することができました。
 当初心配していた資金や人材の問題も、たくさんの方のご意志に支えられ、クリアすることができました。食材や物資や子どもたちへのプレゼントもたくさんありました。また、キャンプの記念のTシャツも200枚以上買っていただきました。
短期間の準備で立ち上げたキャンプのため、不備な点もたくさんあったのですが、それを補うかのような人材が次々と集まり、誰が欠けても成り立たなかったような絶妙なチームワークで、キャンプを実現することができました。本当に感謝しています。

 キャンプの詳細については、「たこ焼きキャンプ」のブログ http://takocamp.exblog.jp/ にゆずります。(今も更新されています。)

 このキャンプをやろうと決意したのは、キャンプのわずか一カ月半前。福島県の中通り地方など、避難地域になっていない場所で、非常に高い放射線の中、子どもたちが外に遊びに行くこともできず、この暑い時期にマスクをして長袖の服を着て学校に通っているという事実に、やりきれない想いで過ごしていました。福島県内で震災ボランティアに取り組んでいる団体の方からも、子どもたちを心配する声を聞いていました。
震災から3カ月経とうというとき、フリースクール関係の知人から、「明石公園でゆっくり遊んでもらえるようなキャンプができないかしら」というメールをもらいました。そうだ、何百人でなくてもいい、たとえ一人でも二人でも来てくれるなら、キャンプをやろう!…そう決意しました。これがなにかの役に立つのか、本当に福島の子どもたちが来てくれるのか、そんなことは二の次で、とにかく福島の子どもに来てほしいからやる…立ち上げたメンバーがみなこうした思いを持っていたためか、主催団体名も、「福島の子どもを招きたい!明石プロジェクト」となりました。私にしても、このキャンプは、以前勤めていたフリースクールでの経験や人脈を、この原発事故後の状況に活かせる格好のチャンスでした。

 準備の期間が短く、宿泊施設の確保、資金の調達、スタッフやボランティアなどの人材集め、プログラム、子どもたちの安全確保など、たいへんなことばかりでした。最初に一番心配だったのが、どうやって福島の子どもたちに実際に来てもらうかということ。明石という東北ではあまり知られていない地域で、名も知られぬ私たちが主催するキャンプに、果たして本当に来てくれるのだろうかと、心配は尽きませんてした。賛同人を集めたり、後援名義を申請したり、現地で活動する団体訪ねたり、ホームページとブログを早くから立ち上げたりなど、とにかく現地向けの宣伝に力を入れました。
最終的に定員を超える申し込みが来ましたが、そのことで、こうした一時疎開的なキャンプが、福島県内でどれだけ求められているかを実感させられました。お断りの電話番はとてもつらい仕事でした。これだけの定員でも私たちには精一杯、県外で夏休みをすごしたい子どもたちは膨大な数…。
それでも、キャンプ前の説明会で出会った子どもたちは、ほんとうにかわいらしく、またキャンプを本当に心待ちにしていることが伝わってきました。出発の日、迎えに行った私も含めた3人のスタッフと集まった子どもたちとはすぐに仲良しになり、15時間というバスでの長旅も、楽しく遊びながら過ごすことができました。(たまたまその日は、奥会津と新潟の大雨による水害のあった翌日でした。)

 キャンプは、夢のように、そして怒涛のようにすぎました。
 たくさんのできごとがあり、たった二週間の間に、私たちと福島の子どもたち・親たちとは、まるで以前から友人あるいは親せきであるかのように仲良くなっていました。
福島に帰る日、子どもたちをたくさんのスタッフ・ボランティアさんたちが明石駅まで見送りに来てくれました。子どもたちが、別れ際に、突然泣き出したり、別れがたくてなかなか改札に入ろうとしなかったりしたのです。帰りの新幹線の中も、子どもたちが急に泣き出したり、お互いの電話番号を交換したり、別れを惜しむ気持ちでいっぱいになっていました。
 あるお母さんは、お礼を言ってくださった後、「私たちの本当のたたかいはこれからです。どうぞこれからもよろしくお願いします。」と言われました。そう、子どもたちにとって、福島の人たちにとって、放射能の問題はこれからずっと続く…私はどうこの問題と向き合ったらいいのか、問われる一幕でもありました。

 このキャンプ期間中に、関西への移住を考えて、市や県の窓口に相談に行った家族もおり、ほかにも移住を考えている家族がいることがわかりました。そういう方たちが実際に関西に来て、こちらでつながりができる、という意味でも、このキャンプをしてよかったと思えました。
 他方で、子どものことを考えると移住・一時避難したいが、仕事や家族の事情でそれができない、自分たちは覚悟を決めて福島で生活し続けるしかない、移住や一時疎開を口にするのもはばかられる地域の事情がある、などの、生々しい話も耳にしました。また、移住についても地域による受け入れ体制の違いがあったり、移住してから差別に会い福島に戻ってしまった人もいたりする、という話も聞きました。ほんとうに「これからが本当のたたかい」なんだと思います。
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