2017-10

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新しい年に

 この正月、例年通り倉庫から火鉢(と言っても、七輪がすっぽり入る簡易なもの)を出し、炭をおこして餅を焼いたり、するめをあぶったり、日本酒を燗したりして過ごした。昨年は年末ぎりぎりまで格別の忙しさだったが、なんとか大晦日に手作りの「おせち」も間に合って、近くに住む知人を招いた新年会も例年通りすることができた。
 毎年正月にしか使わないこの炭火鉢だが、今年は使ってみていろいろ考えさせられた。 まず、やはり火鉢で炭、という光景がなんとものんびりしていて気分がいい。餅の焼け具合、湯の沸き方、魚の焼け方がやはりいいし、炭を使っていると部屋の空気まで良くなっているような気がする。(炭には浄化作用があるからたぶん実際に空気がきれいになっていると思う。)そして、この正月くらいの比較的あたたかい天気だったら、ストーブをつけなくても火鉢とコタツだけで十分あたたかく過ごせる。また、この炭のあたたかさというのが、なんともやわらかい。
 しかし、いいことばかりではない。まず、炭をおこして使う、という事自体がかなりめんどくさいことで、一日ゆっくり家で過ごせる正月のような時でないと出来そうもない。いったん火がついても、いい火加減になるまで一時間くらいはかかる。それから炭に着火するためにガスコンロを使うが、これが結構危険な事で、急に加熱された炭がはぜて、頭の上にカケラが飛んで来たりする。そろそろ着火したかと思う頃には、ガス漏れ警報機が「空気が汚れて危険です。窓を開けて換気してください。」と言いつのる。部屋で使っている最中も、中毒防止のため何度も換気をしないといけない。
 こんな話を行きつけの床屋でしたら、そこのマスター(とてもレトロな床屋で、感じのよい髭を生やしているので、こう呼びたくなる。彼もアウトドアが趣味なので、その手の話しでいつも盛り上がる。)が、「いいなあ、うちも炭火鉢を買ったんですよ」と飛びついてきた。「最近は皆さん、『手間ひまかける』ということをしなくなりましたよね」と世相批評に。
 作ってみて初めてわかったが、おせち料理と言うのは「昆布巻き」でも「錦卵」でも「黒豆」でも「松前漬」でも、とにかくコツコツと地味な作業をしたり、時間をかけてコトコト煮たりということが大事で、凝った難解な料理ではない。要するに『手間ひま』が大事なのだ。
 炭火鉢のめんどくささ、おせちの『手間ひま』を好きでやってきた。正月のゆとりとぜいたくな時間の中だからこそできることかもしれない。でも、正月だけでもこういう暮らしを体験するのは、ふだんの自分の生活を見直すのにとても役立っているように思う。
 もうすぐやってくる1月17日。12年前のあの日からしばらくの間、大変なこと悲しいことももちろんたくさんあったが、この『手間ひま』の世界が、かつての日本でそうであったように、ごくあたりまえの日常になっていた。そのときのことを僕たちは忘れ、そしてときどき思い出す。

 この正月あけも、今まではあまりなかったような、激しい冬の嵐が来た。ぽかぽかの正月から一転して各地で大雪……地球温暖化の果ての異常気象で滅びゆく世界を描いた『デイ・アフター・トゥモロウ』のシーンを思い出す。
 本当にやらなければならないことはもっと他にあるのに、防衛庁を「防衛省」にして自衛隊を常時海外に派遣できるようにするのだと言う。派遣して何をするかと言えば、アメリカ軍の手伝い。どうせ変えるなら、作家の小田実さん、若狭で反原発運動をしている中嶌哲演さんたちが提唱しているように自衛隊を「国際災害救助隊」にしたらいいのに。
 そして、この国の首相は今年を「憲法改正の年」にするのだと言う。昨年変えられてしまった教育基本法同様、なぜ今そこまでして憲法を変えなければならないのか、その意図はやはり理解出来ない。「ワーキングプア」など庶民の暮らしをどうするかという問題から、基本法を変えただけではなんら解決しない子どもの教育の問題、地球環境や迫り来る地震などの災害の問題まで、本当にやらなければならない問題は山ほどある。そこまでしてアメリカの軍事的な要求を聞き入れなければ、この日本という国はやっていけないものなのだろうか?アメリカと肩を並べて世界中に若者を兵士として送り出す国が「美しい国」なのだろうか?

 そのアメリカでも、これまでのイラク政策への批判から民主党が選挙で圧勝した。日本でも、昨年の教育基本法改悪に反対する人たちの熱気を国会まで行って感じた。アメリカの市民運動に比べればまだまだだろうけれど、かつての労働運動や社会主義の運動にはなかった、自発的で自立した個人による運動の芽生えを感じる。

 何をしたらいいのだろう?
 もちろん抗議は必要だ。相手に足を踏まれた時、こちらが叫ばなければ相手は気付かない。今の日本に住む人たち、特に若い人たちはとてもおとなしい。もっと怒ってもいいのでは、と思う。怒りを内部に抑圧することで、弱者をいじめる方にエネルギーが向きはしないだろうか?もっと自分たちを踏みつける者に異議申立てをしてもいいのではないか、と思ってしまう。攻撃しやすい教師や公務員がスケープゴートになっていないだろうか。もっと自分たちの生活を良くしてくれと言ってもいいのではないだろうか。
 しかし、一番大切で、僕がしたいと思う事は、たとえば“炭をおこす”こと。そして“手間ひまをかける”こと。言いかえれば、人が生活すること自体を喜びと感じることができるような生活を取り戻す事だ。そして、そういう生活を子どもたちとともに創り出す事がしたい。もちろん、いくら戦争の真の原因がエネルギー問題だからと言って、すぐにみんなが炭火鉢の生活に戻る事は出来ない。でも、今の生活の中でも可能な限り手間ひまをかけてみること。そういう営みができないだろうか。
 それは物やエネルギーに対してでもあるが、同じように「人」に対してでもある。いや、人にこそ手間ひまをかけることが求められているかもしれない。この時代は、お互いに手間ひまかけながら人と人とのつながりをつくることが、世界の問題を解決するためにも本当に必要なのだ。 
 そんなことを新年に考えた。そして、何を新たに手間ひまかけて創り出すべきなのか?どうやってそれを目に見える確かなものにしていくのか?……今年はそれを自分で見出す一年なのでは、と思っている。
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