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 君、教育基本法を変えたまふことなかれ

以下の文章を、文部科学省宛てに送りました。首相のホームページや各党のホームページあてにもメールで送ろうと思っています。
 

       君、教育基本法を変えたまふことなかれ
                             2006年 5月30日
                                 小野 洋

 国会議員の皆さん。そして文部科学省の役職についておられる皆さん。
 現在、国会で審議にかけられている教育基本法改正案について、審議を即刻中止し、これを廃案としてくださいますよう、切にお願い申し上げ、ここに一言意見を述べさせていただきます。

 私は、フリースクールと世に言われ知られるようになった子どもたちの民間の学び舎で、子どもたちの教育に携わっている者です。私どものラミ中学校は、とても小さな場ではありますが、子どもたちが学校とは違う学びや居場所を求めて通ってきています。そうした小さな場所であっても、子どもたちがまともに育っていくことが難しい、今の日本社会の問題をひしひしと感じています。
 皆さんが、政治や行政に携わる方として、心から今日の教育や子どもたちの置かれている状況を憂い、今回の教育基本法の改正に取り組んでおられるとしたら、そのお気持ちには敬意を表したいと思います。しかしながら、いや、もしそういうお気持ちであるのなら尚更、今、教育基本法に手をつけることはおやめになり、政治や行政の立場から子どもたちのために本当にしなければならい施策に、心血を注がれるよう、心からお願いしたいと思います。

 そもそも今日の子どもたちをめぐる様々な問題は、教育基本法を変える事で解決するのでしょうか?変えることで何か子どもたちの教育にいい影響があるのでしょうか?
 今日の子どもたちが人としてまっとうに育ちにくい、社会の形成者として成熟しにくい社会環境になってしまった原因は様々です。
 かつて子育てを共同で行なってきたような地域社会など、子育てを支えてきた人のつながりが消えて行く中で、家庭が孤立し、特に母親がつらい状況に置かれて子育てをしています。子どもたちはかつてのように野原で群れて遊び、その中で人間関係を学ぶような機会を奪われ、一人ずつコンピューターゲームにとりつかれています。そういう子どもたちにさまざまなメディアを通して膨大な量の情報が送り込まれてきます。産業のあり方が激変し、職業の選択は多様にならずにむしろ画一化し、極端にいえば、正社員・派遣労働者・フリーターしか見えない雇用状況の中で、若者は未来への希望を失っています。消費が過剰にあおられ、金がすべてであるような風潮は強まるばかりです。
 このような世の中になってしまったのは、教育基本法や戦後の民主教育のせいなのでしょうか?ひかえめに言っても、本当の原因は戦後の大人の社会が作り出したものであり、特に戦後の政治や経済の中心に居た方たちの責任は、とりわけ重いのではないでしょうか?

 例を挙げます。
 「金がすべて」の風潮は、高度成長期に強まったと思います。これは時の政府の政策の成果であり、「消費は美徳」とまで豪語する首相もいました。そのもとで、大人たちはマイホームを夢みてがむしゃらに働いてきました。結果として、伝統文化や自然環境は破壊され、若者たちはそうした親の姿に感謝はしつつも、自分はそんな生き方はしたくないとそっぽを向いてしまいました。そして今、ライブドアや村上ファンドが株価をパソコン一つで自在につりあげ、大もうけしている姿を子どもたちが見ているのです。ホリエモンの成功の陰には、一連の規制緩和の政策は無関係なのでしょうか?
 格差社会が言われて久しく、多くの若者が希望を失い、たくさんの家庭が経済的に破綻して生活保護を受けはじめました。今も電車に飛び込み命を絶つ中高年の男性が後を断ちません。経済界は率先して会社をリストラし、労働力を派遣とアルバイト・パートに頼るようになりました。そうした動向に政治は無関係なのでしょうか。こうした経済状況・雇用状況の中で、子どもと若者は荒れています。
 地域社会の重要な担い手であった町の商店街が次々に壊滅し、シャッターを下ろしています。巨大なショッピングセンターが次々に建ち並ぶよう、大店法を「改正」したのはどなただったのでしょうか?そのゴーストタウンとなった商店街を、子どもたちがおびえながら歩いています。
 今日の教師はさまざまな雑事に追われ、子どもたちと共に過ごしたり、授業の準備をじっくりする時間がありません。個人でどんなに創意工夫をしても、事勿れ主義に追いやられ、力を発揮することができません。こうして教師を無能化しているのは、学校の教師に対する厳しい管理体制です。戦後、じわじわと教師の自主性と時間を奪ってきたのは、政治と文部行政ではないのですか。「総合学習」も現場の教師に混乱をもたらす事が多いまま、今度は「学力低下」の掛け声で、教育現場は右往佐往させられ、子どもたちにとっていいことがあるとは思えません。何故、現場の教師の声を大切にした、それぞれの現場に応じた教育改革を認めようとされないのでしょうか。
 挙げればきりがありません。

 こうして政治と行政の責任のもと、子どもたちにとってよろしくない教育環境が形成されてきた面が大きいにもかかわらず、そうした事に一切ほおっかむりをし、国民一人一人の心がけが悪いのだから、子どもたちに戦前の教育勅語の匂いがする徳目を注入するしかない、と言っているのが今回の教育基本法の改正だとしか思えません。子どもたちにとっていい教育環境を作るために、政治や行政にやれる事はたくさんあるはずです。
 格差社会を是正すること。誰もが夢にチャレンジして、もし失敗しても生活していけるだけのセーフティーネットを作ること。美しい日本の自然を本気で守り、食糧自給率を上げる努力をすること。個々の学校や教師の自主性を認め、不要な雑事から教師を解放し、住民が学校の運営に参加できるようにすること。子どもたちが野原で遊べる環境を整備する事……。
 こうした努力を一切しないまま、教育基本法にひたすら「国を愛する」という文言を入れることに執心するのは何故なのでしょうか。この「教育荒廃」というどさくさにまぎれて、国民への国家統制を強めるならば、「火事場泥棒」と呼ばれてもいたしかたないのではないでしょうか。現に「共謀罪」などが時を同じくして審議されています。アメリカからの圧力に応え、日本の子どもたちを戦争に送り込むための準備を進めていると言われても、致し方ありません。
 私のまわりにも、個人で児童虐待の問題に取り組んだり、子育ての悩みの相談にのったり、不登校の子どもたちの自立を支援したりしている人が大勢居ます。その方たちの多くは、身を削るような思いをしながら、生活をかけて取り組んでおられます。教師でもさまざまな制約の中で、子どもたちのために骨身を削っておられる方がいます。そうした方たちの願いをまるで足で踏みつけるかのような、今回の教育基本法の改正の動きを、私はどうしても許す事ができません。
 政治は政治として、行政は行政として、きちんとこれまでの歩みを反省し、灰をかぶって懺悔し、政策を改めるべきです。それなしで、戦争で尊いいのちを奪われた方たちの犠牲の上に作られた、今の教育基本法を変えることは許されません。
 
 即刻、教育基本法改正の審議を中止し、廃案にして、本当に子どもたちのためになる教育環境づくりの施策に真摯に取り組むことを、切に切にお願い申し上げます。

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